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岐阜地方裁判所 昭和44年(わ)53号 判決

被告人 桐山武

昭二三・三・一七生 測量事務所職員

主文

被告人を懲役四年六月に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和四四年二月五日夜自宅に遊びに来ていた恋人村井よね子を同女方に送るため、飲酒運転することを母親から制止されたのにこれを聞き入れず、数日前購入したばかりの普通乗用自動車(旧軽自動車ホンダN三六〇)に同女を乗せて運転し、同日午後一一時二五分ころ南方より岐阜市長良福光官有無番地岐阜北警察署鵜飼屋警察官派出所前道路にさしかかつた際、折から同所で交通取締中の岐阜北警察署巡査長谷川久男他一名から酒気帯び運転と認められて停止を命ぜられたのにかかわらず、停車すれば酒気帯び運転、自動車運転免許証の不携帯が発覚し、運転免許を取り消されて購入したばかりの車の運転が出来なくなると考え、停止しないで、時速約六〇キロメートルで北方に逃走したが、まもなく、前記警察署巡査熊田正美(当時二三歳)運転の白バイ(交通取締用自動二輪車岐た一〇五号)が赤色の警光燈をつけサイレンを鳴らして追跡し始めたのを知り、時速約一〇〇キロメートルに加速し、かつ二回にわたり右後方に接近する同車の進路上に自車を蛇行させてその追抜を阻止しながら右派出所北方約二・八キロメートルの地点にある同市岩崎字京殿二一〇番地先の右に大きくカーブしている路上(屈曲半径二〇〇メートル、幅員八・五メートル、有効幅員七・五メートル)にさしかかつたところ、右白バイが追い上げて自車の右後方二、三メートルに接近するのを認めるや、白バイに追抜を許せば停車を余儀なくされて前記酒気帯び運転等が発覚するのを恐れる余り、白バイの進路を妨害して追抜を阻止し逃走しようと決意し、ハンドルを必要以上に右に切つて自車を白バイの進路上に進出させ右熊田巡査に接近させる暴行を加えた結果、自車の右後部を右白バイの前輪附近に接触させて同車の操縦の自由を失わせたうえ、道路左側の堤防上に逸走させ、右熊田巡査を約四・六メートル下方の農業用排水路に転落させて頭部打撲の傷害を負わせ、よつて、同人を右傷害に基づくクモ膜下出血により即死させた。

第二、前記のとおり、熊田正美巡査運転の白バイに自車を接触転倒させて同巡査が死傷する等の交通事故があつたにかかわらず

(一)  直ちに車両の運転を停止して同巡査を救護する等必要な措置を講じなかつた

(二)  右事故発生の日時場所、死傷の状況等法令の定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二〇五条一項に、同第二の(一)の所為は道路交通法一一七条、七二条一項前段に、同第二の(二)の所為は同法一一九条一項一〇号、七二条一項後段にそれぞれ該当するところ、判示第二の各所為については各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年六月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、判示第二の(一)の所為については、本件事故は即死であるから、そのような場合は道路交通法七二条一項前段の救護義務は発生しない、と主張する。

ところで、右規定の「負傷者」とは、元来人の死亡の判定はきわめてむずかしいうえ、ことに交通事故を起した運転手その他の乗務員がとつさの間にその判定をすることは至難のことであるため、死亡していることが一見明白な者以外の者については、とりあえず、救護の措置をとらせるのが、被害者の救助を全うしようとする立法の趣旨に合致するものと考えられるから、死亡していることが一見明白な者を除き車両等の交通によつて負傷したすべての者を含むと解されるので(最高裁判所昭和四四年七月七日第二小法廷決定参照)、特に医学的な専門知識を有しない者でも明らかに死亡と認定しうる状況にあり、かつ、運転者がそれを確認してその場を立ち去つたような場合は格別、それ以外の場合は、たとい客観的には即死であつたとしても被害者に対する救護の措置を講ずべき義務は免れないと解すべきところ、本件の場合、被害者が死亡していることが一見して疑いの余地がないほど明白とはいえないのみならず、被告人は被害者を転倒させてそのまま逃走したもので、被害者の生死につき確認したわけではないし、また、右規定は明らかに「人の死傷又は物の損壊」があつたときと規定し、被害者が死亡した場合でも「必要な措置」を講じなければならないとしているのであるから、被告人において、たとえば、被害者の遺体を収容するなどの適当な措置をとらなければならない義務があつたのであつて、いずれにしても被告人は同条項違反の責任を免れることはできないといわなければならない。

従つて、弁護人の右主張は採用しない。

(二)  さらに、弁護人は判示第二の(二)の所為についても、検察官が殺人罪で起訴しているから、このような場合には同法七二条一項後段の報告義務は発生しない、と主張するが、同条項の趣旨は、警察官に速やかに交通事故の発生を知らせて被害者の救護を十分にさせるとともに、道路における危険を除去し、被害の増大を防止する等適切な措置を講じさせ、もつて交通秩序を回復し交通の安全を図ろうとするものであるところ、交通事故を発生させた運転者等に対しかかる報告義務を課すべき必要性は、「車両等の交通」により生じたものと認められる限り、右条項にいう人の死傷の結果を発生させた原因行為について故意、過失の有無を問わないものと解すべきであるから(大審院大正一五年一二月一三日判決参照)、故意犯である傷害罪又は傷害致死罪あるいは殺人罪にあたる行為であつても、交通とは関連なく車両内で行われた犯罪や、当初から車両の運行を犯行の手段として利用する意図のもとに行われたような犯罪についてはともかく、本件のように車両等の交通によつて発生したと認められる犯罪については特に同条項の適用を除外すべき理由は見当らないので、この点の弁護人の主張もまた採用できない。

よつて、主文のとおり判決する。

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